「おいでよ どうぶつの森」にはまる
まったくもって今さらなんですが、ニンテンドーDSの「おいでよ どうぶつの森」で遊んでいます。
キラーソフトの一つで、非常に評価が高いのは知っていました。ただ、買う前に概要を聞いてもその面白さがまったくわかりませんでした。
曰く、村の住民になって他の住人である動物と交流する。
曰く、家を買ってそのローンを払うためにいろいろなものを採って売る。
曰く、インテリアに凝ったりすると非常にはまる。
曰く、何をしてもいい。
人間だけでも手一杯なのに何が悲しゅうてケダモノなんぞと交流せねばならんのだ、ローンの支払いのどこが楽しいのだ、インテリアには興味があるが箱庭やドールハウスにはまったく興味がない、何をしてもいいって一番困るじゃないか…などとものすごく文句をつけながら、それでも何となく買ってしまいました。
やり始めてすぐわかったのは、基本的にこれは「集めゲー」「育てゲー」なんですね。大して広くもない村の中には虫や魚や化石やハニワといったアイテムがたくさんあり、しかもそれを手に入れるには時間や季節や技術といった条件がある。集めればそのデータは残り、それなりの特典がある。データ収集が好きな向きにはぴったりでしょう。また、家や一部の施設は活動によって発展させることができるので、育てる喜びもある。さらに、友達と通信をするのも楽しいものです。こないだは、うちの村から友達の村に引っ越した住人(以前の通信時にデータ交換したのでしょう)に再会して、手紙をもらいました。そして、村の状態やイベントは現実の時間と完全にリンクしていて、季節感のあるイベントなど細かい仕掛けがたくさんあります。確かによくできたゲームだと思います。
しかし、私がはまった決定的な理由は、どうやらそういうことではなさそうです。
言ってみれば、子供のころの「遊びに行く」という感覚。
「いってきます」と家を出て、友達がいれば友達と、そうでなければ一人で、公園に遊びに行ったあの感覚。「遊び」といってもその内容は非生産的で他愛のないことばかりで、それでもはやりすたりや上手下手があり、夢中になっていた。時間になれば家に帰り、翌日になればまた「遊びに行く」。遊びの中身よりも、むしろ非生産的な時間を消費できること、何をやっても自由だという時間を謳歌できること、遊びに行くことそれ自体が楽しかったあの感覚。あれに近いものがあるんですね。
もちろんたかがゲームですから、その自由度は低いものです。ただ、村の中で時間をすごすというスタイルは、「遊びに行く」という感覚にとても近いものがあって心地よく感じます。だいたい寝る前に少しいじるのですが、ゆったりしたBGMの効果もあって、ここちよい疲れと眠気がやってきます。一度つけたまま寝入って充電が切れて、「リセットさん」に怒られましたが…。
かくして、始めてからかれこれ半年以上になりますが、雑草が茂らない程度にはずっといじっています。そんなにゲームをしない私にしてはかなり珍しい事態だと思います。
DSをお持ちの方、けっこうおもしろいですよ。
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